子どもが「勉強ってなんでするの?」って言ったらどうしようかな

とあるTwitterを見てたら「あーこれは難しいな」と思いました。

まず大丈夫大丈夫と1000回唱えておかないと悶絶してしまうことなのですが、私の子どもたちはこういうこと思っていないと願いたい!

勉強する意味ってなによ

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学校で勉強するというものの中には、いろいろな問題解決がセットになっているので、細かく整理していくことにします。

よく大人が言うやつ

  • 学校は、小さい社会。コミュニケーションや多様性、社会性を養う場である。
  • 義務教育は、子どもたちが学ばないといけないもののカタマリ。
  • 勉強というのは、将来必ず役に立つ。

さぁこれに子どもたちからの反論を加えましょう。

  • 生きていくのに勉強必要なくない?
  • この数式知っててなんの役に立つの?
  • 勉強するくらいなら家で家事手伝っていたほうがマシじゃん?

これらの多くは、「勉強していくことによってわかる」ということが、今回のお題の難しさでもあると私は思います。

教育を受けられない子どもたちと貧困率と死亡率

教育を受けられないと、字が読めないためだまされたり、安定した収入のある職業につくことが難しく、貧しさから抜け出すことが困難になってしまい、貧しさはいつまでも続いてしまいます。

教育を受けられない理由

  • 貧困
    …授業料、教科書などが買えない。(1日を約100円以下ですごしている人口は世界で約10億人)
  • 児童労働
    …働かされているため、学校に行けない。(2億4600万人の5~17歳の子どもが、有害な労働についています)
  • 教育の質
    …近くに学校がない
    …教員の給料が安い等の理由で、先生が学校に来なかったり、先生の数が足りない

…など、このほかにも様々な問題が複雑にからみあっています。

情報源:http://www.ftcj.com/get-educated/education.html

あるエリアに対して、貧困はそのエリア全体の死亡率を押し上げます。なぜ貧困が死亡率を押し上げてしまうのでしょうか。それは、はっきり言って超簡単です。例えば、日本で1ヶ月を1000円で生き残ることができるでしょうか。頭のいい人なら、「生きていける」と答えると思います。しかし、問題なのは、1ヶ月1000円で生活している家庭に育った子どもたちは、生きていけると答えるだけの発想がありません。発想が無い。この現状を打破するための知識が無い。ヒントも読むことができない。ようするに義務教育というのは、「最低限生きていくために必要な知識と経験を得る」ことが目的であって、勉強することが目的では無いのです。

勉強しなくてもいい…

勉強っていうのは、贅沢なものなので、「勉強したくない」という子どもたちの発言に対しては、こう応えるのがいいと思うのです。

「勉強しなくてもいいよ。そのかわり自由を失うけどね。」

これを子どもたちに想像させることができるメッセージが必要です。

例えば、子どもたちがサッカー選手になりたいと思ったとします。サッカー選手は身体を使う仕事です。なので頭は悪くてもいいような気がします。しかし、サッカー日本代表の長谷部選手など、インタビューを聞いていると、組織論やフォーメーション、チームワークなど、自分の思っていることを言葉としてスラスラと発言していることに気づきます。これには私たちも驚くくらい、きっとサッカーについての技術書を読んでいたり、監督やコーチと話し合ったりしているのだろうなと想像できます。また、相手の裏をかくプレーをすることは、すなわち、相手の上を行く知識が必要です。相手よりも頭が良くなければ、相手の裏をかくプレーをすることはできません。相手の身体の動き、目線、ボールや地面を蹴る音、聞こえてくる掛け声、いろいろな状況を察知して瞬時に頭の中でフィールドを構築して、次のパスやシュートにつなげる必要があります。立体的な思考能力、イメージ力、これらは、身体を動かして得られるものよりも、知識と意識が合体したときに得られるものでしょう。結果としてなにが言いたいのかというと、サッカー選手になるには勉強は必要不可欠だということです。それも特に、コミュニケーション(国語・英語、歴史など)、体育(筋肉についてや走り方など)、保険(怪我の治療)、家庭科(栄養について)、道徳(スポーツマンシップや倫理観)というものは、特に必要となります。

一流の選手になりたければ、それなりの教養も必要だということです。こういう感じの例え話がすぐに出てくるように普段からちょっと考えておかないと!と思いました。

あなた1人が勉強しなかった場合はどうなるか

周りは勉強しているのにあなただけが勉強しなかった場合、どうなるのでしょうか。それは、周りが次々に自分の夢を叶えていくのに対して、ひとりだけ別の人生を歩むことになるでしょう。自分の希望は叶わず、だんだんと腐っていきます。

世間は自分を評価してくれないと、さんざんぼやき、社会に八つ当たりをするでしょう。その行き着く先は、足の引っ張り合いです。あなたは自分の意思を曲げずに社会を曲げようとします。なので社会からますます排斥されるでしょう。それをさせないために、親は子どもたちを教育していく必要があります。

勉強させるのは親の義務

日本では、「教育を受けさせる義務」というのが親には存在します。子どもたちの立場で「教育を受ける義務」はありません。「教育を受ける権利」は持っています。なので私たちは子どもたちに対して、学校に行ってほしいと願うのは当たり前の感情かと思います。

詳しくはこちらに書いてありました。市民立憲フォーラム 資料 教育を受けさせる権利と教育を受ける権利の関係

子どもたちから、「学校に行きたくない」と言われたら、学校に行かせるのが目的ではないことを思い出す必要があると私は思います。無理に学校に行く必要はありません。子どもたちが自分の力で自由を勝ち取れるだけの知識と経験が得られるのであれば、どこで学んでもいいと私は思います。特に、いじめなどの理由で子どもたちを失ってしまうリスクを思えば、自分が子どもを教えることも、1つの方法だということを忘れないようにしないといけません。

なぜ勉強するのか。Whyに対しての応え方はいくつもありますが、1つは「私が死んでもあなたが生きていけるように」するためであるということです。そして、もう1つは「あなたの子どもが生まれた時に、あなたが教えられるように」です。

生きていく希望を教えるのも私たちの役割なのだとすれば、いろいろなことを一緒に考えて、大げさにいえば夢を一緒に考えてあげるのも親の役目なのかなと思いました。

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