貧困とはなにか。私たちが感じているものの姿

本当の貧困ってなんなんだろうと思って調べてみました。

言葉としての「貧困」の意味

貧困の意味

貧困の意味

  1. 貧しくて、生活に困っていること。
  2. 大切なものが欠けていること。

貧困とは

国連開発計画(UNDP)の考えている「貧困」

http://www.undp.or.jp/arborescence/tfop/facts01-1.html

貧困とは

世界中で12億以上の人々が1日わずか1ドルで生活しています。20億人以上が1日2ドル未満で生活し、8億5,000万人以上が日々の食べ物にも事欠く毎日を送っています。

 貧困とは、教育、仕事、食料、保健医療、飲料水、住居、エネルギーなど最も基本的な物・サービスを手に入れられない状態のことです。極度の、あるいは絶対的な貧困とは、生きていくうえで最低限必要な食料さえ確保できず、尊厳ある社会生活を営むことが困難な状態を指します。

このことから、国際的な機関で、発展途上国等を支援する場合の貧困と、日本で思われているような貧困は違うなーと思いました。それが次に記載した絶対的貧困と相対的貧困の差です。

絶対的貧困と相対的貧困

Wikipediaより抜粋

絶対的貧困

絶対的貧困[5](ぜったいてきひんこん)とは、食料・衣服・衛生・住居について最低限の要求基準により定義される貧困レベルである[6]1970年代に「人間の基本的必要の充足」を開発の目的であるとしたロバート・マクナマラ総裁時代の世界銀行で用いられはじめた概念で、低所得、栄養不良、不健康、教育の欠如など人間らしい生活から程遠い状態を指す。この指標は絶対的なものであるため、各々の国家・文化・科学技術水準などに関係なく、同じレベルでなければならないとされている。こういった絶対的指標は、各個人の購買力だけに着目すべきであり、所得分布などの変化からは独立していなければならない。

絶対的貧困を示す具体的な指標は国や機関によって多様であるが、2000年代初頭には、1人あたり年間所得370ドル以下とする世界銀行の定義や、40歳未満死亡率と医療サービスや安全な水へのアクセス率、5歳未満の低体重児比率、成人非識字率などを組み合わせた指標で貧困を測定する国際連合開発計画の定義などが代表的なものとされている。国連ミレニアム宣言により制定された『ミレニアム開発目標』ではこうした世界の絶対的貧困率を2015年までに半減させることが明記された。

国際連合開発計画の委託を受けた2000年度『人間開発報告書』によると、1日1ドル以下(365日365ドル・366日366ドル)で生活している絶対的貧困層は、1995年の10億人から12億人に増加しており、世界人口の約半分にあたる30億人は1日2ドル未満(365日730ドル・366日732ドル未満)で暮らしている。

世界銀行は、2015年10月に国際貧困ラインを2011年の購買力平価(PPP)に基づき1日1.90ドルと設定、これは年換算で365日693.5ドル・366日695.4ドル(2015年10月以前は2008年2005年の購買力平価に基づき設定された1日1.25ドルと設定されていた、これは年換算で365日456.25ドル・366日457.5ドル)。2030年までに極度の貧困を世界全体で3%まで減らす。全ての途上国で所得の下位40%の人々の所得拡大を促進する。という2つの目標を掲げている。国際貧困ライン(1日1.90ドル未満)を用いた場合、貧困層は2012年に約896,000,000人(世界人口の12.7%)、2015年は約720,000,000万人(世界人口の9.6%)に減少すると予測している。[7][8]

総務省の全国消費実態調査では2009年発表2008年調査で等価弾性値0.5(平方根)の年間可処分所得については世帯総数115,559,691件絶対的貧困世帯を対象として1984年の年間可処分所得の中位数(実質値)である2,404,752円(等価弾性値=0.5の場合)を基準値としてその50%未満の1,202,376円未満と定義する場合。世帯員分布7.625%、平均所得約805,000円、収入ギャップ66.916%、ジニ係数0.220となる。60%未満の1,442,851.2円未満と定義する場合、世帯員分布11.735%。40%未満の961,900.8円未満と定義する場合、世帯員分布4.561%。30%未満の721,425.6円未満と定義する場合、世帯員分布2.611%。※1984年の年間可処分所得の中位数(実質値)である1,200,156円(等価弾性値=1)を基準値としてその50%未満の600,078円未満と定義する場合。世帯員分布5.388%、平均所得約391,000円、収入ギャップ65.110%、ジニ係数0.233となる。60%未満の720,093.6円未満と定義する場合、世帯員分布8.771%。40%未満の480,062.4円未満と定義する場合、世帯員分布3.362%。30%未満の360,046.8円未満と定義する場合、世帯員分布1.874%[9]

このように絶対的貧困は、一定の指標を定め、その基準に沿って一律に定義される。しかしながら、こうした貧困の定義に対しては、何が必要かをめぐる社会的・文化的個別性や、ニーズを充足する手段の獲得における社会内部での階層化(たとえばピーター・タウンゼントが相対的剥奪という語で示そうとした状況)、そしてまた貧困状況をもたらす社会構造に対する批判的視点も必要ではないかとの批判も存在する。

相対的貧困

相対的貧困[10](そうたいてきひんこん)の定義は「等価可処分所得(世帯可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員」であり、この割合を示すものが相対的貧困率である。ただし、預貯金や不動産等の資産は考慮していない[11]

実収入-非消費支出=可処分所得
可処分所得÷√世帯人員=等価処分所得
※等価弾性値=0.5(平方根)。現物給付、預貯金、資産は考慮しない。

絶対的貧困率と違い数学的な指標なので主観が入りにくいとされるが、国によって「貧困」のレベルが大きく異ってしまうという可能性を持つ。この為、先進国に住む人間が相対的貧困率の意味で「貧困」であっても、途上国に住む人間よりも高い生活水準をしているという場合と先進国においては物価も途上国より高く購買力平価を用いた計算をすると途上国よりも生活水準が低い場合が存在する。 国民生活基礎調査における相対的貧困率は、一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいう。 世界の人口は台湾(1.5%)、マレーシア(3.8%)、アイルランド(5.5%)、オーストラリア(6.2%)、タイ、フランス(7.8%)、スイス(7.9%)という名前のトップ10の貧困ライン率を下回っています、カナダ(9.4%)、オランダ(10.5%)とサウジアラビア(12.7%)。 [12]

最新のデータであるOECDの2014年の統計によれば、イスラエルの18.6%(2014年)、アメリカ合衆国の17.5%(2014年)、トルコの17.2%(2013年)、チリの16.8%(2013年)、メキシコの16.7%(2014年)、エストニアの16.3%(2013年)、日本の16.1%(2012年)、スペインの15.9%(2013年)、ギリシャの15.1%(2013年)、韓国の14.4%(2014年)、ラトビアの14.1%(2013年)、ポルトガルの13.6%(2013年)、イタリアの13.3%(2013年)、オーストラリアの12.8%(2014年)、カナダの12.6%(2013年)、リトアニアの12.4%(2013年)、ポーランドの10.5%(2013年)、イギリスの10.1%(2013年)、ハンガリーの10.1%(2014年)、ベルギーの10.0%(2013年)、ニュージーランドの9.9%(2012年)、スロベニアの9.5%(2013年)、ドイツの9.1%(2013年)、オーストリアの9.0%(2013年)、アイルランドの8.9%(2013年)、スエーデンの8.8%(2013年)、スイスの8.6%(2013年)、スロバキアの8.4%(2013年)、オランダの8.4%(2014年)、ルクセンブルクの8.0%(2013年)、フランスの8.0%(2013年)、ノルウェーの7.8%(2013年)、フィンランドの6.8%(2014年)、チェコの6.0%(2013年)、デンマークの5.4%(2013年)アイスランドの4.6%(2013年)、OECDの調査した36か国の相対的貧困率平均は11.4%。

日本の子どもたちと貧困

asobi

https://conobie.jp/article/5367 より

日本に生まれ、日本人としての健康で文化的な最低限度の生活を送るためには、いくらのお金がかかるでしょう。大人2人、子ども2人の一般的な家庭の場合はどうでしょうか。市場を通して見たときには、20〜25万では、ちょっと少ないように感じます。実際問題、実家が農家であったりとか、もともとの土地があったりとかでいくらか状況は異なりますが、それでもやっぱり20万円では少ないのかな?というのが現実的な感覚ではないでしょうか。

日本では子どもの貧困が騒がれています。今私たちが考えないといけないことは、子どもたちに貧しいと思わせないためにはどういう環境が必要かということではないでしょうか。子どもたちが貧しいと思わない環境とはどういうものでしょうか。満足している環境。満たされて、愛がある環境。理想としては、そういう環境なのかなと思います。

私たちが目指すのは、心の豊かな環境なのかもしれません。それは市場や資本主義は関係ありません。両親がそばにいて、いつも明るく楽しくすごすことができるということは、過酷な仕事も無く、不当な低賃金もないように思います。でもそうじゃないかもしれません。

私が気になっているのは、親の気持ちの問題が、子どもの貧困問題にどれくらい関わっているのかなという点です。

もう少し具体的に調べてもいいかもしれません。

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