私たち夫婦と子どもたちとのあと何年かを胸に

奥様が子どもの病院の付き添いでいないので、今日は少しだけ自分語り。

昨日は、父の日でしたね。我が家は今年から3人子どもが増えて子どもは6人、8人家族になりました。みんなからお祝いといいますか、お礼を言われて、はずかしいやら照れるやらで、とても素敵な時間を過ごすことができました。奥様のほうの実家では父の日にお礼を言ったり贈り物をするのは当然だそうで、私のほうの家族との文化の違いに戸惑ってしまいました。これから慣れていくといいです。

中学生の子どもたちは私の仕事のことをほとんど知らないので、今まで作ってきたシステムの話しとか経歴の話とか、少しだけ私の話をしました。

そして、私からの今の願いを話しました。

岐阜にきた理由は、子どもたちに生活や習慣の多様性を教えるためであり、資本主義経済からの依存率を下げるためであり、最後に原発や地震・戦争の脅威の回避という理由でもあります。

子どもの人数が多いので、ひとりひとりに対する時間はとても少なくなってしまいます。けれども、大事なこと、考え方や学び方を覚えて、巣立ってほしいなと願っています。ここは本当に素晴らしい土地で、見渡す限りの山と森と田と川があります。人が中心ではなく、自然が中心の社会です。自然を知り、自然を敬う心が自然と身につく環境です。あと数年、一番上の子はもしかしたら来年は高校へ下宿をしながら通うかもしれません。あと1年、何を感じ取ってくれるでしょうか。

  • 長女:高1。都立高校に進学。東京に残る。
  • 長男:中3。たぶん高校は岐阜県内で下宿かな?
  • 次男:中1。周りの子たちと進学先は相談かと思います。
  • 三男:小6。中学の部活の運動部はバスケ部と剣道部の2択だったので、今年からはジュニアバスケにかよって、来年レギュラー目指しています。将来のことはまだ。
  • 四男:小5。三男のお兄ちゃんと一緒にバスケ。将来のことはまだまだ。
  • 次女:3才。この村で一から子育て。

お姉ちゃんが東京に残り、他の子たちは、長男も下宿をすれば4年は岐阜で過ごしそうですね。それ以外の子たちは(高校が東京であっても)最低3年以上私たちと一緒に暮らすことができます。

さて、父の日には、私から子どもたちに宿題を出しました。20年後に一分野でも私を超えている!ことが、私からの宿題です。20年後に私は50才、子どもたちは30才です。早くもスポーツでは私よりも結果を出しています。しかしまぁ30才ならどうでしょうか。とても楽しみです。

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