専業主婦(主夫)に本当になりたい人がいるのだろうか

子育て

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ファイナンシャル・プランナー 黒田尚子=文社会保険料を払うパート主婦が増える前回の記事(http://president.jp/articles/-/17407)で、本来喜ぶべき「時給アップ」を好ましく思わないパート主婦の「本音」を書いた。それは、パートで多少手取りが増えたとしても、自分や夫の税金・社会保険料の負担が増え、世帯年収が減ってしまったのでは元も子もないというものだった。

現状、パートの収入額により、税金や社会保険料(本人の健康保険料、厚生年金保険料など)の有無、控除(夫の収入に対する税優遇措置)の有無が変わる仕組みになっている。これがいわゆる100万円の壁、103万円の壁、130万円の壁、141万円の壁といわれているものだ(前回の記事を参照ください)。

そして、2016年の10月からは、新たに「106万円の壁(106万円で夫の扶養を外れる)」が新設されることになり、パート主婦はますます神経を尖らせなければならなくなった。

情報源: 「専業主婦&パート」に憧れる女子大生の人生プランは、パーか

専業主婦に本当になりたいのか?

専業主婦(主夫)になりたい人たちは、いったいそこからなにをしたいと思っているのだろうか。専業主婦になって伴侶を支えていきたいのだろうか。

パートやアルバイトを本当にしたいのか?

夫の収入が足りないから、少しでも家計の足しになるように…そういう気持ちでパートをやっている人が多くいるのは本当なのだろうか。個人的には、夫の収入が足りないなら、もっとがっつり稼げるなにかを探すべきなのではないかと思った。みんな本気で未来を憂いているのだろうか。

主婦なんか雇ってくれないと、自分たちで枷にはまりにいっているのではないだろうか。

生きていることの延長線上にある収入があるのでは?

上に引用した話を見て、私が思ったことは「生きていることの延長線上に資本主義に参加するための収益を得ることが可能なのではないか」ということ。

例えば、保育士の資格をとっている人が、自分の子育て中にもう2,3人の子どもたちの面倒を見る。1人あたり毎月2万円をもらう。月収6万円だ。現在の世の中だと、月収6万円は少ないかもしれないけど、かかりきりで面倒を見るわけではなく、生活している間に目を離さないようにするくらいでもいい親であれば、これくらいで十分ではないだろうか。もちろん、怪我をさせることなどもあるだろうが、それは料金が安い分、それらの保障には保険に入ってもらうなどをする。

こういう生活の中のちょっとした余力について、きちんとした評価のもとで仕事をすることができたのならば、世の中はもう少し賑やかになってくるのだと私は感じている。

消費するだけの専業主婦の存在価値はあるのか

今の都会の生活は、何をするにも消費することに向かいすぎているんではないだろうか。専業主婦(主夫)は何のために存在しているのか。その理由を考えないといけないと思う。夫婦のうちどちらかが生産者としての経済活動を行えなくなるという状況は、都会の人口の半分は消費しかしないということになってしまう。

私は個人的には、専業主婦が子育てに専念することは良いことだと感じている。しかし、専業主婦であったとしてもより世の中のことを知ったり、自分で見に行ったり、なにかを生み出す活動をすべきだとも感じている。子どもたちはそういう努力している親の背中を見て育つからだ。

そして、専業主婦の活動に対して夫、あるいはその専業主婦の親や友だちが協力して活動を支えてあげることも必要だ。その環境は本来は個人で作っていくものであったが、現代では社会が作っていくものになりつつあるようだ。

社会が提供した環境のうえで活動していくには、社会の概念が大きく関わっていく。保育園に預けなければ今やっているアパレルの仕事を続けることができないと考えている人は、今やっている仕事を辞めて、自宅で服を貸す際に、メイクアップなどを含めてトータルコーディネートをして女性を送り出すサービスをするためにはどうすればいいのか考えることはしない。こうやってアイディアが生まれる土壌がどんどん潰されているのではないだろうか。

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