What’s Mine to Do?

ここ数年で、私に起こったできごとを紹介したい。

私には息子が二人いて、時に激しく注意したり、体罰(ゲンコツや蹴り)をしたりしていた。息子たちが私にとって不愉快なことをしたためだ。不愉快なこととは、”努力を怠った”とか”やるべきことをやらなかった”とか、そういう類のことだ。よくあるのは、就寝の時間を破ってゲームをしていたとか、宿題をやらずにテレビを見ていたとか、宿題を提出日のぎりぎりまでやらなかったとかだ。

そのことについて、妻は私にこう言った。「あなたがやっていることはDVだ」と。

(妻とは再婚なのだ。妻は私の態度に驚いて、私に伝えてくれた。)

私はそれがDVなどとは思っていなかった。私にとって暴力やそこからくる圧力は、子どもたちのためにやっていたことだった。正しいことをさせたいと、強く願った結果だった。

妻はさらにこう言った。「体罰をしないで対話することが、子どもたちにとって良いことだ。」と。

私は自分が怒らないことが、子どもたちにとって良いことだということを、このとき初めて認識した。私が怒るほうがよいと思っていたことがらが、実は真逆であるという。私には、私の中で発想の転換が必要だった。

私は怒らないようになるために、いくつかの本を読んだ。怒りをコントロールしたいと考えたからだ。私は常々子どもたちに、「努力すること」と言っていた。私は自分もそうあるべきだと背中で伝えねばならなかった。

“感情的にならない”こととは、常に冷静だということだ。冷静になり、話しを聞き、考えを伝えることだ。

私は毎日5分以上瞑想をすることにした。瞑想によって、いったん感情を空っぽにしようとすることにした。怒りそうになったときは、その場からいったん離れ、長い時は30分以上かけて、怒りを沈めるために瞑想をした。

ビジネス書によくあるとおり「Whyから始めよ」を実践する機会であるとも思った。

「何故、私は怒るのか。」

これがわかるのに数ヶ月かかった。結論はこうだ。

『私はいつか死ぬからだ。死んだとき、子どもたちが困らないようにしたかったからだ』

これに気づいたとき、私はさらに1つ前進したように思う。

私は、今でも努力を続けている。私はまだ怒りが先に出てしまうことがある。私は自分をまだコントロールできていないと思う。

今年の4月に東京から岐阜に移住した。これは、子どもたちにとって、かなり強制的ではあったと思う(これを子どもの気持ちをないがしろにしていると言われると、かなり立場は危うい)。もちろん、子どもたちとたくさん話しをしたつもりだ。妻からもだいぶ話しをしてもらった。一番上の子は高校生になるときだったので、話し合いの末、東京に残る決意をした。

ここに移住したことで、子どもたちに1つ財産を残せたのではないかと思う。この田舎に住居を移したことによって、”田舎で育った”という経験を残すことができる(できた)のではないかと思う。そして、将来、都会と田舎という2つの選択肢を与えることができたし、都会と田舎の違いを感じることができたと思う。例えば、都会は電車でどこにでも行けるが、ここにはバスすら通ってない!お友達の家に行くのに、歩いて山を降りないといけない!自宅専用の畑があるから野菜は買わなくても大丈夫!!家の前の池で、ヤゴからトンボへ脱皮する!!夏には川遊びができる!!信じられないかもしれないけど、毎月300円のお小遣いを消化するためにグミを食べたかったら、30分かけて山を降り、30分かけて山を登らないといけない!しかもそのコースがなんと中学校への通学路だ!!!などだ。都会暮らしにはけっこう厳しいと思う。メリットとデメリットの両方を考えることができるとうれしい。最近では、息子が地歌舞伎に出演する機会があった。これも東京ではできない経験だろう。

私の怒りの向き先は、私の終活に変わることが徐々にできているのではないかと思う。私が怒らずに、子どもたちの話しを聞いているとき、子どもたちは幸せそうに見える。怒っているときは、幸せそうにはもちろん見えなかった。子どもたちが幸せそうにしていると私も嬉しいのだ。だけど子どもたちが私から見て怠けていると考えると、また怒りが芽生えてしまう。その気持ちは子どもたちに必要だと思っていたが、それは違うと教わった。だけど出てしまう。まだまだ精進が足りないようだ。最近読んだ記事によると、スポーツすることが精神の安定に良いということだったので、次は運動をしようと思っている。

私は何をするか。私が残せるものはなにか。

語学力、語彙力、自己研鑽できる集中力、礼儀作法、本を日常的に読む習慣、海外に行った経験、遊びを生み出す創造力、自由にできる少しの土地、お金、自動車免許、家庭菜園のやり方、候補はいくらでもある。

私ががんばれば与えられるものについては、がんばろうと思う。子どもたちが自分たちで手に入れないといけないと思うものについては、子どもたちと話し合いが必要だろう。

今年で35歳になった。自分がやったきたことが、今返ってきているところなんだなと思う。真摯に受け止めたい。

変えることのできない物事を受け容れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵を、まだまだ学んで行きたいと思う。

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